宿泊施設旅行記
私の旅、なぜニュージランドか(by ANZdrifterさん)
最近はメニューの中から旅をえらび、バスの中から“ガラスの向こう側の日常”を眺めるという、マス・ツーリズムが主流になって、旅人は帰ることを約束された通過者となりました。
一方、個人旅行はマスツーリズムに対して批判的立場を秘めています。旅先で人が生活している街をガラス越しの風景として眺めるか、街に入り込んで異人として生活を体験するかという違いが、眺めるだけの観光と心にしみる旅との差を生み出すと思います。
なぜニュージーランドか
2002年4月、突然知らない街に行きたくなってニュージーランド南島に旅しました。それから毎年南島の各方面を、ひとつの町に4日から10日くらいずつ滞在して、スパーマーケットで買い物をして、おもに自炊、名物料理だけを外食して、町町をバスでめぐるという旅を始めました。
ニュージーランドは、自分が世界の中心だとか、基準だとかいう摩擦の原因となりそうなプライドを持たずに、文明の恩恵を享受しながら自然と共生し、他人にやさしく生きて行くという生活のスタイルが行き渡っている国だと私は感じています。
ヨーロッパ人が入植してせいぜい200年ですが、私達日本人と同じように文明の中心ではないと自覚しながら、近代的な生活文化のスタイルで生きているので、安心して生活し、リラックスできる数少ないエリアです。
そして、ニュージーランド旅行で楽しいのは、バス、トイレはもちろん、キチンが付いている清潔なプチホテル(モーテルとかアパートとかコンドミニアムなどと呼ぶ)が、どんな小さな町にもあるので安心して旅行できることです。
この種の宿は(以下モーテル)、オーストラリアでサービスドアパートメントと呼んでいる宿泊設備を、小規模の家族経営にしたような宿です。
中小の都市のホテルは古い建物が多くて、設備が故障していたりしますが、モーテルは新築が多いので設備も良く、家族経営なので親切です。当然ながら中小の都市では、モーテルの料金がホテル代よりも高いことが多いようです。
観光地などでは三泊以上しか受け付けないモーテルがかなりあります。もちろん短時間の利用などはありません。
おおくの町には町中の歴史散歩道(heritage trail)など、20分から3時間ほどの遊歩道(walkway)がが設定されていたりして、地元の人とふれあったりして、健康的な生活と滞在を楽しめる国です。
私の2006年の旅は西海岸をホキティカからカラメアまで北上し、2007年には南島北部のブレナム・ピクトン・ハブロックを巡りました。二度とも、最後の町はネルソンで、ネルソン飛行場からオークランドに飛んで一泊して帰ってきました。
私はおもに9月から11月に訪れますが、この時期は春なのでシャクナゲ祭りが南島の各地で行われるし、シラス(whitebaite)漁が解禁されるので、卵でオムレツ風に料理したのをレストランで食べられます。ビールにあう英国風の唐揚げが無いのが残念です。
参考資料・情報の入手は・・・・
日本人が経営している宿泊施設は、オアマルに住んでいる久保星児さんの www.globalife.jp に、かなり網羅されています。邦文メールで連絡できるので、弱気の人にも心強いと思います。
網羅性が高い情報は、各地方ごと、または各町ごとにOfficial Visitor Guideという細長い無料パンフレットがあり、案内所でもらえます。これは集めておくと便利ですが、宿については広告を出していない宿が多いので、これだけで選ぶのは考え物です。
宿探しには南島と北島が別冊になっている AA travel の Accommodation と題した黄色い表紙の本が便利です。ホテル、モーテルからバックパッカー、ホリデイパークまでを紹介しています。毎年改訂されていて、宿泊施設や案内所で無料でもらえます。
ほかに、イベントなどについては、AA travelの黄色い表紙の薄い無料ガイドブックがあり 南島を4冊(北部・西海岸・カンタベリー・南部)でカバーしています。4冊が1冊にまとまると有料で、確か20$くらいでした。
またdeep south とよばれる南島南部については AtoZ という詳細な無料ガイドブックがダニーデンで発行されています。
AA travel ガイドも、AtoZ も 案内所、空港、バスセンターなどで無料で手に入ります。
私は、旅の起承転結について次のように考えています。
¨まず“旅立ち”です。本当の旅は芭蕉のように不安を抱いて未知の道へ踏み出すことが必須条件だと私は思います。
¨二番目の旅の要素は、生活が貼りついている日常の土地から、異なる土地(非日常)への“物理的な移動”ですが、移動そのものが旅の大切な部分です。
¨三番目は、見られる立場で生きてみるということです。見るという立場はどうしても反自然的な行動を含むので、むしろ対象の中に入り込んでしまおうという立場です。
旅先では、“異邦人”として日常を生きることになり、さらに旅先の文化に所属して生活することになるので、旅えおしている時間は“もうひとつの人生”とか“虚構の人生”を生きている時間といえます。それゆえに、旅は日常(仲間)と離れて少人数で行くべきです。
¨最後の要素は別離です。旅はあらゆる場面に別れを伴ないます。
私のこれからの予定は検討中ですが、ティマルとかアシュバートンなど、大都会の周辺の小さな町を二つ三つ回るとか、以前訪れた町を もう一度回りたいと考えています。
エディンバラ ホグマニー(by Dry White Toastさん)
スコットランドでは、新年を盛大にお祝いします。スコットランド各地でHogmanayのお祭りが催されていますが、やっぱりなんといっても一番規模が大きいのが、スコットランドの首都エディンバラのホグマニー。
エディンバラの中心地がフェンスで仕切られ、盛大なストリートパーティーが催されます。チケットがないと入ることができませんのでご注意ください。ちなみに06-07ホグマニーは悪天候のため中止になってしまいました。
この07-08ホグマニーは、98-99、99-00に続き8年ぶり3回目。以前はフェンスで仕切られた会場は、Princes Streetを中心にRose Streetやオールドタウンのほうまで広がっていましたが、今回久しぶりに行くと、Princes Streetのみに縮小されていて、混み具合が半端ではなかったです。
アルコールの持ち込みも、以前は特にチェックもなかったのですが、現在は禁止になっています。会場内で通常の4倍ほどの価格で売られているアルコール類を購入することになりますが、しょうがありません。酔ってしまえばそんなことはどうでもよくなります。
ホグマニーのチケットは早めに手配しておけば問題なく取れると思います。
問題は宿泊施設です。夏のフェスティバル開催中の宿の確保もなかなか大変ですが、夏のフェスのほうは期間も長く、その分旅行者も拡散するので、早めに手配しておけば問題ありません。しかし、ホグマニーはクリスマス後から1月1日、2日までと短期間、特に大晦日に集中し、なおかつその期間は休業する所もあるので、宿の数自体が減り、厄介です。当然、宿泊料金も跳ね上がりますが、ホグマニーチケット付きという場合が多いようです。約10年前のホグマニーで、B&Bに宿泊した際は、一泊80ポンドで最低3泊からでした。
イタリア(あっ!痛りあ)アルベロベロ滞在編(by Bottiさん)
痛い目にあったイタリアでの出来事です。
当初の予定を一時間以上オーバーしてやっと到着。
街に近づくにつれ尖がり屋根の家々が増えてくる。
さすが、tomtom、ちゃんとアルベロベッロまで連れてきてくれました。
先ずは、ツゥルリという尖がり屋根の家に泊まるために事務所に行きます。
「ようこそ、いらっしゃいました、今から案内します。」とその家まで一緒に行き
家のなかの設備を説明してもらう。
外は伝統的だけど中も雰囲気が良い。その上バスタブ付で暖炉風の暖房器具も整って
世界遺産の街を堪能出来そう・・。と喜んでしまいました。
先ずは、荷物を置いて街を探索。
尖がり屋根の建物が密集してまさにおとぎの国っていう言葉がぴったり。
屋根には色々な紋章があったり、伝統と美しさが調和して、本当に不思議な世界です。
メインの通りの両側がお土産物が一杯、なぜかイタリア人が日本語で客引きをやっている。
(ここは、日本人がたくさん来るんやね。たしかに観光客の半数以上が日本人でした)
熱心な女の子(かわいい!)に勧められて、ワインを何杯も試飲してふらふらになって
その中で一番美味しかった現地の赤ワイン(渋みと甘味がとてもマッチ)をちょっと安くしてもらって
買いました。
ついでのその女の子に耳たぶパスタの美味しい店を紹介してもらい夕食はそのに行きました。
そのリストランテは教会からすぐの場所にあります。
家族的な雰囲気がする雰囲気で気取らずに食べれるお店です。
イタリア語のメニューを見るのが苦手なんでとりあえずセットのコースをオーダー。
前菜やメインなどは選択できます。
英語で大体の料理を説明してもらい耳たぶパスタやモッツアレラチーズのベーコン包みなど
とワインを注文しましたが、どの料理も素材の良さを引き出してとても美味しかったです。
造り方を聞きたいぐらいの料理です。
お店のお客さんの地元の子供連れの家族などが来ていて、給仕は小学生の息子さんと
御両親が一生懸命切り盛りしています
これだけ食べてこの価格?、伝票をもらうとワインが含まれていない。
それを言うと「いらないよ!」サービス料も含まれていないので支払おうとするとそれも要らないと・・。
なんと良心的な店だ!
美味しさと親切に満足してその店を立ち去りました。
その夜は、とんがり屋根の家に泊まってのんびり過ごそうとしたけど・・。
以下は、このホテルへの口コミを抜粋します。
↓
年末に宿泊しました。
教会の前に事務所がありそこで手続きしスタッフを車に乗せて徒歩7分位の宿泊施設に。
鍵と暖房の説明を聞いて緊急時の電話番号を書いた名刺をいただき(緊急時?)チェックイン。
夜バスタブにお湯はっていたら全くお湯が出なくなり
、お湯を沸かそうとレンジに鍋をセットしたら
部屋のヒューズが飛んで闇の中。
携帯の明かりでヒューズ場所を探し自力で復旧。
翌朝スタッフに文句を言ったら。
「ここは、電気給湯なんで20分しかお湯が出ません、10分置いたら再度出るようになるよ。」
(そんなこと事前に説明せ〜っちゅうの!)
散々文句を言って帰りました。
スタッフ曰く「皆さん満足して帰られますよ。」
「そんなことあるか!口コミで文句書いているぞ!」
「これから泊まる日本人のためにちゃんと説明しないとあかんぞ!」と説教して帰りました。
ココに泊まるのはとても素敵な事ですが、その前に
ちゃんと電気とお湯は確認して泊まったほうがいいですよ。
2009年 関西-北九州ぐるり一人旅-鞆の浦・仙酔島(by ナオさん)
岡山で一泊し、一夜明けて日付は1/28。
この日の目的地は仙酔島です。
広島県福山市にあるこの島は、読んで字の如く、「仙人でさえも酔ってしまうほど美しい島」という意味で、日本全国で最初に国立公園に指定された、瀬戸内海にある小さな無人島です。
正直に申し上げますと、この島の存在は今までまったく知りませんでした。山陽でどんな観光スポットがあるのかと、インターネットで調べていたら偶然発見したのです。
無人島…と聞いただけでは、交通が不便なんんじゃ…と不安になりますが、実際に行ってみると、意外と簡単ですし、広島からなら日帰りでも問題ない距離です。
まずは福山駅からバスで鞆の浦まで行き、そこから出てる連絡船に乗り、わずか10分たらずで仙酔島に着きます。連絡船も平均15分感覚で運航してますので、ちょっと待てばすぐに船に乗れます。
島自体は小さく、すべてのハイキングコースを回っても半日もかかりません。
もっとも、ハイキングコースの一つである島の南側の海岸沿いのルートは、2004年の台風で崩れ、しばらく放置されていたようで、私が行った時にはまだまだ修復の最中で、通行禁止になっていました。
島内の丘を通るコースもいいですが、海岸コースが修復されたら、ぜひもう一度行ってみたいと思います。
島の魅力については、文字で語るより写真を見た方が断然よいのでここでは割愛。
島内の施設ですが、宿泊施設は2軒のみ、他には喫茶店、塩工房やキャンプ場、そしてここの目玉である蒸し風呂…つまりサウナの「江戸風呂」などなどです。
小さな無人島なだけに、観光地としてのにぎやかさとはまったく無縁ですが、都会の喧騒に疲れた体を癒すにはもってこいの島です。
さて、私が一晩お世話になった旅館についてですが…
実は私がこの島への旅行を決意した理由の大半が、このお宿のキャッチフレーズなのです。
ここで宿名を出すと宣伝のようになってしまうので伏せますが、なんせ宿泊施設が2軒しかないので、隠してもすぐわかるんですけどね(汗)
そのフレーズとは、「人生感が変わる宿」!
「人生観」ではなく「人生感」です。人生への感じ方、喜怒哀楽…
つまり人の内面から変えてくれると宣言しているのです。
「そんな大げさな(笑)」と思われますが、人生感が変わったかはともかく、少なくともこの島にいる間は、何もかも忘れて自然を楽しもう…そう感じさせてくれました。
お部屋は申し分ない広さで、広い窓からは海が一望でき、部屋のあちこちに何かしら工夫が凝らされています。
旅先から手紙を出せるように便箋が引き出しにあったり、硯があったり、今やなかなか買うことすらない、風車が飾られていたり。
ロビーにあるライブラリには様々な本があり、静かな無人島の夜でも退屈しません。
大浴場からはもちろん海が一望できます。
そして目玉の江戸風呂では、6種類の蒸し風呂に入ることで体内の毒素をデトックスするそうです。
そして夕食。
シーズンオフのためか宿泊客は少なく、私の他には2組しかいませんでしたが、従業員さんが食事中にわざわざ挨拶に来て、さらに和太鼓の演奏、そして獅子舞まで(笑)ちゃんと頭に噛み付いてくれますw
和太鼓を演奏してくれたのは、なんとお宿の女性従業員。
いやはや、かっこよかったです。
そしてテーブルに並べられた料理以外に、外にある釜を使った料理を他のお客さんと一緒に食べるというイベントも。
季節によって料理が異なると思いますが、私が行った時は蒸し牡蠣でした。
その美味しさは言うまでもありませんし、他の宿泊客と会話をする機会にもなり、全体を通して確かに他のホテルや旅館では体験できないことを提供してくれました。
そして翌朝の朝食時には、窓の外に狸が三匹来ていました。
私が障子を開けるとすぐに近寄ってきたんですが、残念ながらあげられるご飯がありませんでした…。
でも狸を見たのは実に久々で、ちょっと感動しました。
ちなみにお宿には、「静か過ぎてものたりない!」って方のために、ちゃんとバーも用意されてます(笑)
たった1日でしたが、かなり癒されました。
ちなみに連絡船に乗るには鞆の浦でバスを降りますが、バスの終点である鞆港は昔ながらの街並みが楽しめるそうで、この付近のもう一つの観光地なんだそうです(バーテンさん談)。
今度時間があったら、ぜひそこにも行ってみたいと思います。
眺めのいい部屋への旅 -- ポルトからサンチャゴコンポステーラへ --(by bloom3476さん)
はじめに、、
一度だけだが、齊藤輝子さんと同じ飛行機に乗り合わせた事がある。 齊藤茂吉の死後、その印税を惜しげもなく使って、世界を旅した女性だ。 日航のパーサー達が畏まって勢揃いする中、もう80歳は超えていただろうに、背筋をぴりっと張って、たったひとりで、First Classのキャビンの方に歩いていった。
伝説の旅人を目の当たりにして、思いがけずにも、神々しさを感じたものだった。 後年、長男の茂太氏に、お話を聞く機会があった。 その話をしたら、時々、お供をさせられる、弟の北杜夫氏との珍道中のやりとりを伺って、家族の方は大変だったと知った。 しかし、老いても凛として未だ見ぬ世界へ乗り込んで行く姿を見て、生きるとは、かくあらねば、と感じた。
、、そんな考えから、老いていく母を連れて、地球の美しさや海や山のおいしさを見つける旅を始めた。 以下の文章は、そんな親子の旅の備忘録にすぎない。
何処へ
この数年、ブルゴーニュからバスクまでの土地を歩いた。Autunではロマネスクのタンパンを眼にして中世の人間像を想像した。山深いConqueまでも足を伸ばし、巡礼者の旅籠に泊って様々な年齢、国々の巡礼者と触れあった。 その経験の中でキリスト信仰を持たない母にも、聖ヤコブの慰霊へと続く、この道々が欧州でも格別に祝福された地域だと感じられるようになってきた。
86歳を迎える、母と一緒に旅行を出来るのも、もう、そんなに多くは無いだろう。そのゴールである、サンチャゴ・コンポステーラを訪れる時が来たと思った。
何を準備すべきか?
母と旅して、もう20年になる。始めの内は、私の世界遺産踏破に付き合って貰って、ユーラシア大陸は、ハバロフスクから中央アジア、東欧、バルカン諸国、北欧まで、オセアニアでは離島巡り、そして兄の帰任地のアセアン諸国は一人で出かけて行った。そんな旅好きであったが、70歳を過ぎてからは、だんだん、体力が許さなくなってきた。 そのため、訪問地は3カ所位に抑えてその街に連泊して、味覚と景色をゆっくりと楽しむ日程とした。夜の外出は疲れるので、2日に一度は、土地の珍しい惣菜を市場から買ってきて、ホテルの部屋で、時間や他人を気にする事なく、パジャマのままで、ゆっくりと夕食をとった。
だから眺望と、お風呂の良い宿を吟味した。
宿が決まってからは、ガストロミーや行事、名産品などの情報を集めて、どの街がどれだけ日数を要するかを考え、日程の案配していった。
実は、この準備をあれこれ思案するのも愉しいものだ。 さてINと OUTが決まったら、それから航空会社を決め、負担の少ない座席を調べた。その予約を確実にする為の、あれこれを準備し終えてから、ようやく330日前の予約開始日を迎える事となる。
パリへ
28 Apr 晴 AF277 成田 21:55 --- 04:15+1 パリ
会社を定時に退社してから、母と日暮里で待ち合わせてイブニングライナーにて成田第一に向かった。 連休だが、夜出発が少ないのか、人けの無い空港とは寂しい風景だ。 機内に入り、夕食が始まったのが、23時頃 AFの機内食は洋食が3コース Taylorの10年物のポルト酒を飲んで、ポルトへの前奏曲とした。 座席はレイ・フラット 水平からマイナス10度位下がった寝台になる。 欧州線ではBAのフルフラットから比べれば段違いだが、JLはマイナス20度位でなおかつ幅が狭いので、こちらの方が快適だ。 母は耳栓をしてからBOSEのノイズ・キャンセリングを耳にかけている。 これを手に入れてから、騒音を12時間聞き続ける事がどれだけ疲れを増しているかを知った。 良く眠れて、朝食を迎えた。
ポルトへ
29 Apr 小雨 U2 3773
CDG 14:35-- 15:40 OPO
同日乗り継ぎでポルトに飛び立つので空港周辺で仮眠する宿を探した。 フランス情報局のサイトのクチコミから、ibis Villeを予約した。 ここで、5時間眠った。 ビジネスホテルだが、朝食のビュッフェがしっかりとしていた。 私にはパンとバターが美味しく、フランスに来た事を寝ぼけた頭脳に目覚めさせた。
朝10:00 シャトルバスでターミナル2Bに向かう。ポルトまでのキャリアはeasy Jet 半年前に早期割引で片道 30EURO E-Ticketを見せてスムーズにチェックインしたが、生憎 ポルト便だけが遅延して2時間遅れで出発した。 機内は横3列 x2 飲み物は有料。長旅に加えて、この遅延で母の疲れを気遣う。
ポルトガル北部
飛行機が雲を割って降下する。 雨が多い一帯なので、緑が濃い大地が見えてきた。ポルトガルで2番目に大きいモダンな空港 Low Fare carrier だからなのか、乗り降りは毎回、タラップから地面に階段を使う。 これも、老人にはしんどい、、LFCを使う際の注意事項だ。空港に入ると、電動カーが目聡く寄って来て母をバッゲージまで送ってくれた。望外のサービスに、この国の印象が良くなる。EU圏内なので、イミグレーションもなく、国内線のように出口に出てしまう。両替の必要もない事に改めて感心する。
Taxiで旧市街まで向かう。 16+1.6(荷物)+1.4=19EURO を払う。
今夜から2泊するホテルは市役所広場に面した Residencial dos Aliados 好立地に建つ19世紀の洋館をリノベートして上層階のみ宿泊施設にしている人気の宿だ。 1階には、Café Guaranyという老舗レストランがあり、毎晩 Fad や弦楽のコンサートが開かれている。 私のイメージではNYCの五番街に建つピエールのような宿と、その1階にパリのルドームがあるようなホテルであった。 通された部屋からは、広場が見渡せた。
母は長い長い旅をして、欧州の西の端に辿り着いた事を感じるまま、窓際のベッドで眠り込んでしまった。
タメガ川に佇むローマ時代からの古都
30 Apr 晴 Amarante 〜 Porto
4時頃には目が覚める。 母は入浴をして、また少し眠る。8時から朝食 ラテン圏は夕食も遅いので朝食はどこでも8時位、ゲルマン圏では1時間早い。 とりわけ夏時間なので、朝は暗いが夜は21時でもまだ明るい。 この日は晴れそうなので、郊外の古都 アマランテに足を伸ばした。宿から歩いて10分 Rodonorte社のバスで9:30に出発 タメガ川沿いに内陸に進む程に、ますます緑濃い土地になってくる。10:20 AMARANTE 着雨に濡れた木々に夏の朝の光が輝いている。
この街の守護聖人サン・ゴーサロは縁結びの御利益があるらしく6月のお祭りにはポルトガル中から出会いを願う乙女達で街は溢れるとの事らしいが、水曜日の午前中には静かな地元民の朝市だけが、私達の眼を愉しませてくれた。 母はここで、葡萄と、地元の人の買い物袋を、私は、サンゴンーサロを手書きした陶版を13 EUROで買った。
12:10のバスで戻り、そこからTaxiでカンパニャン駅の西にある Casa Aleixoに向かう。 馴染みの客で満席、10分待って、席に通される。この店はシェフも給仕も女性だ。小さな店で知る人ぞ知る老舗らしいが、母を労ってくれて、落ち着いた席に案内してくれた。 名物のタコの天ぷらと、タコ飯を注文する。 ワインはこの地方でしか呑めないヴィーニョ・ヴェルデを頼んだ。
周りを見渡すと、この組み合わせを取っている人が多い。 そのタコ どのようにしたら、こんなに柔らかく仕上がるのか、驚くほどで、タコ飯も、米の炊き方、まぶし方がとっても旨い。 アマランテの渓谷の眺めに後ろ髪を引かれつつ、ポルトに戻ってきたが、母も私も大満足のお店だった。 デザートも食べて、24 EURO
ポルトの市場
カンパーニャ駅まで歩き、電車に乗って次ぎの
Sao Bento駅まで戻った。 駅舎のホールを飾るアズレージョ(藍色のタイル)が見事だ。駅からは市役所広場はすぐ、歩いて10分でホテルに戻った。 母は疲れたので、寝台で休んだ。 私は
コンシェルジェに訊いて、骨董と名醸のポルト酒を捜しに街に出た。 Casa ChinezaにてBarrosの1998年のヴィンテージを1本見つけた。32 EURO也
部屋に戻ると、母が深い寝息を立てていた。入浴をしてから、私も横になる。 気が付くと夜中になっていたので、今夜も夕食抜きで寝入った。
16世紀の栄華を歩く
1 May 晴 Porto Cais da Ribeira
朝食をとってからチェックアウトした。
2泊で150 EURO 母は疲れて、歩くのはしんどいので、宿で休むと云う。しかし、歩く事も、健康維持と思うので、説得する。 2キロ先のカテドラルまで、なだらかな坂を歩く。寺の内陣は17世紀に作られた銀細工の装飾 洗練されていないし、南米の奴隷達の呻きが聞こえてくるようだ。
寺の南側は急な階段がドウロ川沿いまで続いているのだが、母には無理なのでTaxiで迂回してサン・フランシスコ教会まで向かう。こちらは金装飾のバロック尽くし どれも感心しない。
先のカテドラルといい、調光とのハーモニーが欠如しているので、どれも重たくのし掛かってくる。
夏の強い光から室内を守るための措置が災いしていると思われた。 教会からドン・ルイス橋が望める。川向こうはポルト酒の会社が並ぶVila Nova de Gaia 、その昔にポルト樽を積んだ船が、今は宣伝船となって行き交っていた。
川を望むカイス・ダ・リベイラで昼食を取った。母はタコ 私はトリッパの煮込みを食べる。この辺は観光地なので、美味しくなかった。
リマの女王へ
Porto 〜 Viana do Castelo
サンベントからカンパニョーラへ行き、そこから16:00発の急行で17:27 ヴィアナ・ド・カステロに着いた。ポルトから北に70キロ リマ川が大西洋に流れ込む河口に開いた景色は別名「リマの女王」と呼ばれている。 駅の背後に標高249mのサンタルチア山が聳え、その山頂に、今夜の宿Pousada do Monte de Santa luziaがあった。
駅からTaxiで20分あまりでネオ・ビザンチン様式の教会が見えてきて、そこから5分あまり過ぎてか3階建ての豪壮なヴィラに到着した。
部屋に入り、ベランダに進むと、目の前にサンタルジア教会、その向こうに青い大西洋が広がっていた。 バカンスの季節では、とても泊まれない高嶺の花だが、ポサーダ(ポルトガルの国営ホテル)の会員サイトから、Golden Ageプログラムを利用すると40%も割り引かれるので、私達にも泊まれる。 ポサーダとスペインのパラドールには、会員になると、高齢者用の割引レートが用意されているので、とってもお薦めだ。
母の誕生日が近かったので、半年前の予約時にその旨で交渉したら海側の部屋でも、そのレートでOKを貰えた。(これは後述するパラドールでも利用できた)海側に張り出したレストランがあり、ご当地ミーニョ地方の料理で定評がある。 今夜は、ここで、暮れゆく大西洋を眺めながら、夕食を取った。私はここの産のステーキ 母はタコのグリルを注文した。ここのタコも柔らかく、明石で、こんなレストランがあればと余計な事を考えた。
朝食を大事にする。
2 May 晴
Viana do Castelo
スペインのガリシア地方に隣接した、このミーニョ地方は雨が多く、その為、農耕に適してワインの産地でもある。その中心地のヴィアナドカステーロは古来から交易で潤ったので街並みも美しく、毎週金曜に開かれる露天市には近郊から多くの人を呼んでいる。その割には観光客が多くなく、地元の人の落ち着いた生活を目の当たりにする事が出来る。 私が心地良いと思う要素が全てあり、住んでみたいと思わせる稀な土地だ。
ホテルの朝食は素晴らしく「リマの女王」が朝日に輝いているのを眼下に眺めながら、母はゆっくりと愉しんでいた。 母と私には、この時間が一番食べ物が美味しいと思えている。
ヴィアナドカステロの新旧の魅力
ホテルの庭から、石段を下りていくとサンタルジア教会に降りられ、そこから下の街までケーブルカーが通っている。 六甲山からケーブルカーで新神戸に降りるのに似ている。駅の山側にはモダンな複合施設が新しくオープンしており、1階はバスターミナルとなっているなど極めて合理的である。線路を跨いで、海側の旧市街にはエスカレーターで降りられるが、そちらの景観は従来の港町が自然に保たれており、新旧のバランスが大変に旨くて、私はますます、この町が気に入った。
駅で翌日の鉄道切符を購入したら、スペイン国鉄がストライキをしていると聞いた。障害区間をバスで繋ぐように検討しなければ、、そういえば以前にもイタリアで慌てたっけ、メーデーの季節には欧州では、こんな事はよくある事を忘れていた。
町中で、小さなコンサートを開いていて、昔の装いで着飾った乙女達が愉しそうに歩いていた。観光局で教えて貰った小さな店で昼食をとる。 シーフード・リゾットを注文 20分待ったら熱々の鍋に 海老にムール貝、タコまで入っていた、おじやが出てきた。ちょっと塩ぱかったが、海の幸が詰まっていて、美味しかった。 焼き林檎とクリーム・ブリュレと飲み物を入れて19 EURO
食後、街はシェスタに入り、商店は閉まっているので、駅ビルに戻り、夕食の惣菜にポトフを買ってから、ケーブルカーに乗って、ポサーダまで戻った。
歩数計を見ると11000歩を超えている、 母をまた随分歩かせてしまった。母、昼寝をする。パウロ・コエーリョの星の巡礼を読み返す。母にとっては、毎日、これだけ歩くのも、巡礼に近い苦労かと思う。 自分が86歳を迎えた時、これだけの道のりを歩けるかだろうか?と思う。母にこれ以上負担をかけずに、残りの日程を進めねばと自戒する。7時頃 ベランダのテーブルに惣菜を載せて夕食を取る。 ポトフはさめていたがが、夕陽を見ながら美味しくいただいた。
スペインに入る
3 May 晴
Viana do Castelo - VIGO
6:00 起床 母が入浴している間にパッキングをして息子に絵葉書を書く。彼のポルト酒を大事に運ばなければと思った。チェックアウトする。 122 EURO x 2泊
ポルトガル国鉄で国境を越える。国境のValanca
駅で、スペイン国鉄に乗り換える。 隣同士なのに直通が無く、1日1本の乗り継ぎしかないのが不思議だ。 電車はリアス式海岸(ここが由来だ!)を右側にひた走り、12:12 VIGO 着
ヴィーゴはスペインでも最大の漁港 かつて、バルチック艦隊が日本に遠征した時、ここで補給をしたかったが、日英同盟のおかげで寄港を拒否されたのは「坂の上の雲」で読んだ。 ここに泊まる事にしたのは、有名な海鮮食堂街とガリシア地方で一番大きいEl Corte Ingresがあるからだ。
駅前の Hotel Ogallaに荷を下ろし、早速、Pesqueda通りにある海鮮食堂街に向かった。 波止場に着くと、牡蠣をその場で剥く屋台のおばさん達の威勢のよいかけ声が聞こえて来るので、すぐに判った。ムール貝の蒸したの、タコのパプリカ煮、蟹の盛り合わせ!!、CAVA(シャンパン)を頼んだ。ここの蟹は味噌がたっぷり入っていて、ほっぺたが落ちる程、美味しい。ガリシア地方の人の味覚は、びっくりする位日本人には合っている。 こんな地域は地球上でも数える位しかないと思う。レモンのソルベとエスプレッソを追加して、全部で 36 EURO
母も大満足の昼食 CAVAの酔いもあったのでホテルに戻って、母は昼寝。 私はすぐ近くの
El Corte Inglesに行く。日本に輸入されていないパイプの杖を購入 医療品には優遇処置があり、
9 EURO それから、ワイン売場で Pesquela 2000年 @18 EURO x4, Segura Viudas CAVA@32 EURO x 4 オリーブ缶 チョコレート クッキーなどを購入した。デリカテッセンでキッシュを買って、CAVAの小瓶で夕食にした。
星降る町へ
4 May 雨
VIGO – Santiago de Compostela
VIGOのバスターミナルを朝 7:30に発つ。
前日までの夏はどこへ行ったのか、今日は冬のような冷たい雨だ。 街道沿いのバス停から、この雨で歩く事を断念した巡礼者もたまに乗ってくる。目印は帆立貝をぶら下げた杖だ。Pontevedraを経由して、9:10 サンチャゴのバスターミナルに着く。8.5 EURO タクシーでパラドールに向かう内に教会の尖塔が見えてくる。
程なくして、車はオブラドイロ広場に入り、カテドラルの前で止まった。 Parador Dos Reis Catolicos 教会の隣に建つ、この建物は 巡礼者を癒す病院として1499年に王が作った。 そのホスピタルがホスタル〜ホテルとなり、道中で休憩を取った処がRest 〜 レストランに成っていった。
旅の原形となったサンチャゴ巡礼のゴールにある、この病院から西洋のホテルの歴史は始まった。
Paradorとしてはアルハンブラ宮殿に隣接するParador"San Franciscoと並んで、予約が取りにくい。ここも会員になると、シニア割引があり、7ヶ月前にツインを半額で押さえ、母の誕生日のお陰でスイートに上げて貰った。172,2 EURO
チェック・インをしてから2階で朝食を取った。
ここの朝食は、私の経験では、タオルミナのサンドメニコ・ホテルと双璧をなす豪華さだ。前菜にキャビアとシャンパン、北海で捕れる魚介類、サーモン、数種類の生ハム、チョリソー等のソーセージ類、トルティーヤが3種類、卵料理2種、白アスパラ他、野菜サラダ 果物、スペイン風ブルケッタ、ドルチェ等々 枚挙にいとまがない程で、2時間にも渡って朝食を愉しんだ。
それからホテルを出て、念願のカテドラルに入り、正午のミサに参列した。 一人の老シスターが歌うグレゴリオ聖歌に心を奪われる。ここまで歩んできた母の苦労も癒されていくのを感じた。 司祭が11:30までにサンチャゴに到着した人達の国名と人数が読み上げて巡礼の祝福を授けていく。聖堂内はだんだん立錐の余地もない程になった。 聖餐式が始まり、巡礼者以外の私にも聖体のパンが供された。12:50ころ天井からつるされ高い位置にあった、直径1mもあろうかおもわれる香炉が降ろされて、汗でまみれた巡礼者を清めるボタフメイロという儀式が始まった。
車椅子の巡礼者が司教から、直接、祝されている。ミサが終わると、席の前後の人と握手や抱擁をして、「主の平安」を祝って式典は終わった。 その後、ホテルに戻ってチェック・イン 部屋は中庭を2つも越えた棟の418号で、「ヨイハハ」とお世辞を使って母に覚えさせる。 母は入浴して、昼寝をする。 私は街に出る。
日曜日なので、骨董屋は閉まっているので、今夜のレストランを下調べした。 地球の歩き方にも載っていたOrela というBARが観光客が辿り着けない路地にあり、地元の人ばかりで昼間から混んでいたので、目星を付けて帰ってきた。 ホテルに戻り静かなパティオで星の巡礼を読んだ。 母が起きて来た。気持ちがいい夜なのでサロンに降りて、アペリティフを飲む。重厚な雰囲気にワインの味も一際だ。
20:00になったので、Orelaに歩いて行った。
店内は地元の人で混み合っていて、母が入って行ったので驚いていた。 隅に席を作ってもらい、海の幸 盛り合わせとタコのパプリカ煮を注文した。ムール貝、アサリのグラタン、牡蠣、カニ 3種類、海老(生、焼き)にタコ と竜宮城に迷い込んだ豪華さだ。母はスペインのビールも気に入っていつになく大食だった。ホテルに戻り、空を見上げると、星が輝いていた。
東方から東方へ
5 May 快晴
Santiago – PARIS – 東京
教会の鐘の音で目が覚めた。 3重の窓を開ける空は快晴 昨日までの寒さはどこに行ったのかと思った。私はポルト酒たちが壊れないようにパッキングしてから手早く朝食を済ませて、母を残して、街へ出た。 目指す場所は市場 お目当ては 生ハム、テリーヌ 真空パックにして貰う。 価格も新鮮度も格別なので、離欧の朝の慣習だ。
帰路を急いだが、骨董屋のショーウィンドウで、釘付けになった。 一瞬の躊躇の後、店に入ってしまった。 それは象牙に彫られた「東方の三博士と聖母子」で、聖母子の愛らしさと救い主の誕生に驚く三博士たちの驚きが時を重ねた象牙地に丹念に描かれていて、一目で気に入ってしまった。名彫刻家マテオを生んだ、この町でしか巡り合えない一品と思って、買い求めた。Free Taxの手続きをして貰い、18世紀に生まれた、この作品が新しい持ち主と共に、遠い東方に旅立つ事になった。
慌ただしい帰路
ホテルに戻り、12:30にチェックアウトTaxiで郊外のサンチャゴ空港に向かう。17.5 EUROパリまでの飛行は Vueling @ 75 EURO
YV 9927 SCQ 14:55 – 16:40 CDG (terminal 1)
CDG-VALでTerminal 2Fに移動してから
JL405 CDG 19:05 --- 14:00+1 成田
ブエリングを予約した半年前では、朝の出発だった。乗り継ぎに大分、時間があったのだが、LFCだけに運行中止もあるかと、Veling.Comで遅延保険に入っていた。その後、運行スケジュールが変わり、CDGの乗り継ぎ時間ギリギリとなってしまい、当日は冷や汗ものの移動だった。
(※ 帰国後 Velingから連絡があり、保険が適用されて、補償額が全額返金された。
帰りのJAL便に乗って、母も私もほっとした。
つくづく日本人のサービスとは世界でも稀なホスピタリティに溢れているなあ、、と感心した。
無事に成田に着き、9日間 母の体調も良く、天候にも恵まれて親子で旅を楽しめた事に感謝した。
サンチャゴへの旅路で出会った巡礼者たちの、ひたむきな顔が忘れられない、、みんな人生で何が一番大切か? 到達した時の満面の笑顔で語っていた。今回の旅の収穫は、母も私もそれを知った事だ。
The World Heritage Traveler
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